酒井建城の静物画

静物画を描くのは本当は好きなんですが、何しろ引越しが多いので物を増やさないようにしています。とか言いつつ、今までどれだけ処分してきたことか…
定住できるようになれば、思いっきりガラクタを集めて静物画を描きたいですが、花なら増えないのでいいですね。後は、スリフトストアーなどで雑貨を仕入れ、制作を終えたらまたリサイクル~というのもいいかな~なとど考えています。
静物画を描いていたら、ふと叔父のことを思い出したので、ご紹介したいと思いました。


私の叔父は静物画を中心に描く画家だったんですが、スペインからバラして運んだというワインの樽やらアンティークドールやら何やらかんやら、、この絵の中にあるもの全て、6畳間から出てきたそうで、スペインのワイン樽もちゃんと2個置いてあったそうです。叔父が亡くなった時に父が片付けをしたんですが、モチーフになる物が部屋から溢れるほど出てきて、叔父や父にとっても思い入れがあったであろう処分し難いものばかりでそれはそれは大変だったそうです。

以下、叔父の作品紹介と解説は建城の兄である私の父によるものです。

モンシロチョウの飛び立つ日 第52回東光展 会員賞受賞 F100号

絵全体から受ける印象は、春の柔らかな陽光の差し込む農家の納屋といった感じがする。
印象深いのは正面に並ぶ二つの大きな古びた酒樽で、そのどっしりした重量感は観る者に安らぎを与える。
樽の木は年代を物語るように古びており,その上に色とりどりの春の花が咲き誇っている。
この対照の妙は素晴らしい。
 そして一番手前に何気なく置かれている竹籠には生みたての鶏卵がたくさん入っている。
この卵が観る者に不思議な感動を与える。それは生命の喜びとも言えるだろうし、キリスト教で鳩が神の恩寵を象徴するように,この世を統治する神の御業の象徴とも言えるのではなかろうか。そして、菜の花の上に停まって今まさに飛び立とうとするモンシロ蝶も同じように生命あるいは御業の象徴である。


ひとりぼっちの少女
第48回 東光展 会友賞 F100号


花篭 F100号








生い立ち~~

ケンチャン(何時でもみんなにそう呼ばれていた)は、子供の頃から絵が好きで、絵ばかり描いている少年だった。写生大会で金賞を取ったりと、絵と名の付くコンクールは殆ど賞をもらっていた。
自然を愛し、昆虫採集や魚釣りも得意であった。休みの日には友達と当時住んでいた日暮里から上野の忍ばずの池まで往復歩いてフナ釣りに出かけたりしていた。
性格は素直で、温和、優しく、みんなから好かれた。

 東京美術学校を出てからは、映画の看板を描いて生計を立てていたが、その間、暇を見つけては絵を描き続けた。抽象、具象、写実、風景、人物、静物など、様々な分野の絵を描いたが、静物画がいちばん自分の思想を表現するのに向いているのではと静物画を多く残している。

 安井賞展に入賞した作品「白い帳面」では、例えば主題が「音」で、画面の中央に配置されたヤマハオルガンやトランペット、そして楽譜が「音」を表している。しかし、この「音」は最新式のピカピカのオルガンからではなく、戦前の小学校ならどこにもあった、古ぼけた、我々には懐かしさの感じられる楽器である。トランペットも同様で真新しいものではなく、手垢のついたものだった。

 昭和58年頃、ケンチャンは、友人で画家の葛原洌氏とスペインに遊学した。詳しい場所は知らないが、1年間二人で木賃宿に泊まって自活したそうだ。そこでも現地の人たちと仲良くなって、いくつか肖像画の作品を残している。また、そこで酒井建城の絵のスタイルとして確立する「骨董」に目を開くことになる。
彼が集めた骨董といわれるものは決して高価なものではなく、百姓の使った鍬、樽や瓶など、古い写真とか、懐かしさが感じられる品物で、今でこそジャンクスタイルやコレクティブルなどの言葉が一般的になり、高価な物のひとつになってしまったが、当時の我々にとってはガラクタに近い代物だった。その中には今から80年以上昔の希少な年代物のカメラなども含まれた。

 いまどきの写真は誰でも何時でも撮れてしまい、有り難味も味も薄いが、
ケンチャンの集めた古い写真は、昔はどこの家でもそうだったが、
プロの写真家に撮影してもらった家族が大切に保存していた記録写真だった。

 居心地がよかったのか、財布がすっかり空になるまでスペイン滞在した。
このスペイン滞在の記憶が昭和61年の傑作「モンシロ蝶の飛び立つ日」に結実していった。
 不幸にして,これからエンジン全開というときに、ケンチャンは病に侵され入院する。
退院後は体重が激減し、気力で制作していたように思われる。

最晩年の作品「乾いた喉」は「モンシロ蝶~」のそれとはうって変わって、
荒涼とした砂浜に半ば埋め込まれた時計、砂浜に突き立てられた無数の白い歯が象徴する死の世界を予感させる作品だった。


油絵画家 酒井建城 KENJO SAKAI 略歴:
**************************************
1941年 東京都に生まれる
1960年 都立足立高等学校を卒業
1960年 東京美術学校入学、富田独歩先生に絵画、デザインを師事
1978年 第22回安井賞展 「白い帳面」出品、入選
1982年 毎年東光展に出品  第48回東光展 「一人ぼっちの少女」出品、会友賞受賞
1983年 スペインに長期滞在 東光会会員に推挙
1986年 第52回東光展 「モンシロ蝶の飛び立つ日」出品、最高賞である会員賞受賞
1989年 (株)日本美術出版より最優秀作家賞を授与される
1990年 死去、享年48歳
1993年 銀座日比谷画廊 回顧展開催   
その他、銀座による個展、グループ展、多数



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4 Comments

kumanomi  

No title

素晴らしい絵を紹介してくださってありがとうございます。46歳で亡くなったんですね。きっと、まだまだたくさん絵を描きたかっただろうと思うと、痛ましい思いがします。

2013/01/31 (Thu) 21:11 | EDIT | REPLY |   

chihironote  

No title

kumanomiさん、読んで下さってありがとうございます!^^
さっき計算したら間違いで、48歳でした。笑 それでも若すぎますけど、仰るとおり、もっともっと絵が描きたくて、本当にこれから!というところだったんだと思います。病院で叔父さんに最後に会った時の顔は今でも忘れられないです。

2013/01/31 (Thu) 22:14 | EDIT | REPLY |   

おれんぢ猫  

No title

本当に素敵な絵を描かれる方だったのですね。
細かいところまできちんと描かれていて、それでいて優しい感じが良いです。
私も最初の絵のかごの中の卵は、重要な役割を果たしているように感じました。
卵が絵に命を与えているような・・・?
かごは空でも良かったかもしれませんが、そうだと『無機質』な絵に仕上がったかもしれませんね。
ちょっとさみしい・・・というか。
3枚目の絵のかぼちゃも同じ役目を果たしているような気がします。
食べる物=生命の糧、ということでしょうか?

ちひろさんのご家族には、皆絵の才能の血が流れているのですね!

2013/02/01 (Fri) 18:08 | EDIT | REPLY |   

chihironote  

No title

おれんぢ猫さん、お読み戴きコメントまで感謝いたします。
そうですね、卵は仰る通り、命がキーになっていると思います。これから産まれるであろう生命とか希望を感じさせられますね。
カボチャは、もしかしたらスペインでは感謝祭はないかもしれませんが、収穫の喜びや、人間の営み、そして季節感を出したかったのかもしれないですね。今、生きていたら尋ねたいことが沢山あるんですが、当時は何も知らない子供でしたので残念です。
今は何となく叔父が表現したかったものが分かるような気がします。^_^

2013/02/01 (Fri) 21:30 | EDIT | REPLY |   

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